



  (神戸市立博物館所蔵) |
日本の歴史が大きく動いた幕末。安政5年(1858)に幕府が諸外国と結んだ日米修好通商条約により、日本は長年に及んだ江戸幕府の鎖国政策に終止符を打ち、横浜・長崎・函館・新潟・兵庫(神戸)の5港を開港することになりました。神戸旧居留地の歴史は、この時、はじまったといえます。
文久元年(1861)、初代駐日英国公使のオールコックは、長崎からの帰途、視察のために兵庫津に上陸。この一帯が外国人居留地として好適であると日本側役人に伝えています。
しかし時の政情不穏から、兵庫津は横浜に遅れること10年、慶応3年12月7日(1868年1月1日)に開港となります。混乱した時代背景の中、日本人と外国人との紛争を避けるために、外国人居留地は当時の兵庫の市街地から3.5kmも東の砂地と畑地であった神戸村に造成されることとなります。 |


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