旧居留地の歴史〜居留地の建設〜

ヨーロッパの近代都市計画に倣った美しい126区画

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(神戸市立博物館所蔵)
 神戸港の開港と共に、外国人のための住居や通商の場として造成された居留地。しかし開港当初は間に合わず、整地が終わって第1回目の競売が行われたのは慶応4年(1868)7月24日(西暦9月10日)でした。

 居留地の造成は当初から、ヨーロッパの近代都市計画技術を基に、イギリス人土木技師J・W・ハートが設計を行い、格子状街路、街路樹、公園、街灯、下水道などが整備され、126区画の整然とした敷地割りが行われました。この形状は現在もほとんど変わっていません。

 整備の後、競売で土地を購入した外国人たちはすぐに商館の建設を始めました。最初に竣工したのは10番のグッチョウ商会の倉庫です。その後、競売は明治2年、3年、6年に実施され、計4回の競売で126区画の地所はすべて売却、数年をかけてその全容を整えていきます。

 当時の英字新聞“The Far East”には、「東洋における居留地として最も良く設計された美しい街である」と高く評価されました。平成元年(1989)に国の重要文化財に指定された15番館は、阪神・淡路大震災で倒壊しましたが、現在は復元され、明治初期の外国商館の面影を現在に伝えています。







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